engawa50’s diary

つれづれ日記。Twitter : engawa50

No7. 鈴木亘『経済学者、待機児童ゼロに挑む』を読んで

東京都の小池都知事のブレーンとして待機児童問題に取り組んでいる、学習院大学教授の鈴木亘さんの著書、『経済学者、待機児童ゼロに挑む』を読んだ。

 

待機児童問題が発生する「しくみ」について、メディアではあまり取り上げられない切り口から解説し、またその解決策を提示する本。

経済学者、待機児童ゼロに挑む

経済学者、待機児童ゼロに挑む

 

 

 

1. メディアでよくいわれる待機児童問題の原因

 

メディアでは、待機児童問題の原因として、以下3点がよくとりあげられる。

 

①保育士不足(さらにその原因としての保育士の低賃金)

②女性の社会進出

③東京圏等の都市部への人口集中

(60pより抜粋)

 

筆者によれば、これらは本質的な原因ではない。

①の保育士不足は2010年以降に騒がれ始めた問題だが、待機児童問題は90年代からあり、どちらかというと待機児童問題を解決しようとした結果として、保育士不足というボトルネックに直面したとのこと。

 

②③も、根本的な原因ではない。

それらで保育産業の需要増を説明することはできるが、問題は、「保育産業は需要増に応じてなぜ供給が増えないのか」という点にある。

 

例えば現代人の生活スタイルの変化によってコンビニに対する需要は増えただろうが、コンビニの前に行列ができたという話はきいたことがない。

コンビニは需要に応じて供給が増えたからだ。なぜ保育ではそうならないのか、が根本的な問題である、と著者は指摘する。

 

2. 待機児童は「社会主義」の産物

日本の保育施設のうち大部分を占める認可保育所は、政府・自治体による多額の補助金によって運営されている。

保護者からの保育料をメインの収入源として運営していないため、認可外保育施設に比べて格段に安い保育料で利用することができる。

 

しかし、これが大きな問題を生み出している。

まず、著しく安い保育料の設定により、本来自分の力で育児できるひとも、認可外の高額の保育料を支払う余裕があるひとも認可保育所を利用しようとするため、大きな需要が発生する。

 

一般に、認可保育所補助金によって運営されているために、経営コストを下げる努力をはらわなくても経営難に陥ることはなく、高コスト体質に陥りやすい。

そして、高コストな保育所の新設は補助金をだす自治体にとって財政的ダメージが大きく、保育所の新設は困難となっている。

 

認可保育所の新設が困難ならその穴をうめるように民間の認可外保育所が増えるはずじゃないか」と考えるのが普通だが、認可保育所の保育料が平均2万円ですむところ、認可外だと6.5万円にもなってしまうので、認可外保育所への需要が著しく制限されてしまっている。

 

補助金によって運営されている認可保育所の著しい低価格サービスが、認可外の保育所の発展を阻んでしまっているのだ。

 

こうして、

a. 認可保育所 - 補助金で運営するが、高コスト体質のため新設は財政的に困難

b. 認可外保育施設 - 認可保育所の低価格サービスに対抗することが困難

 

という、八方ふさがりな感じでいまの待機児童問題は発生している。

 

3. 補助金をなくしたら保育料はあがるのでは ?

待機児童問題が社会主義の産物だからといって、補助金運営をえいやっとやめてしまうと、当然保育料の上昇をまねくだろう。

ただし、保育所への補助金以外にも保護者の保育料負担を軽減させる方法はある。

著者が有効な解決策として提示するのは、「保育バウチャー」である。

これは、保育サービスへのみ使用が可能な「クーポン券」のようなものを保護者に直接配り、それを利用して保育サービスを低価格で利用してもらおうという政策である。

 

これはつまり、今保育サービスにかかわる補助金保育所に渡しているが、それを保育所ではなく保護者に直接渡してしまおう、という政策だ。

 

これは目的はどちらも一緒だが、もたらす効果はまったく異なる。

保育バウチャーを実現させると、保護者はクーポン券を使うことで安く保育サービスをうけることができるが、保育園は保護者・こどもに選ばれる努力をしなくてはいけない。

 

いままでの認可保育園は経営努力などしなくても補助金をうけとることができたが、保育バウチャーが実現されるとそうはいかない。

ほかの保育園と差別化をはかるため、たとえば教育設備のととのえたり、保育士の教育を充実させたりと、経営努力を不断におこない、保護者に選んでもらわなくては生き残れない。

 

普通に考えてみれば、これってあらゆる産業でやっていることである。

アパレル業界もメーカーも金融業界も、他社と差別化をはかり、自分たちだけしか提供できない価値を創造し、あらゆる経営努力をおこなった結果成長しているのである。

 

保育業界だけ市場原理から隔離するべき理由はないとおもう。

保育業界だけ特別あつかいした結果、「爆発的な需要増があるのにまったく供給されない」という、他のあらゆる産業ではありえない問題がおこっているのだ。