engawa50’s diary

つれづれ日記。Twitter : engawa50

No.6 待機児童問題

昨年4月段階で、待機児童の数は2万6千人に達している。

 

anond.hatelabo.jp

ふるいけど昔話題になったコレをはっておく。

 

 

待機児童問題の深刻さは純粋にこの人数だけで語れるものではなく、その待機児童の育児のために仕事復帰できない保護者たちの問題や、主に都市部の若い夫婦が、我が子が待機児童となることをおそれて子どもを産むことをためらうことによる影響など、社会に対する影響がおおきい。

 

今日は、待機児童問題の本質的な問題についてかきたい。

 

1. 待機児童問題に関する報道

 

待機児童問題がメディアで報道されるとき、保育士の給料が安いために保育士不足であること、認可保育所を設立するための要件が厳しいこと、女性の社会進出によって保育所の需要が増大していること、などにスポットライトがあたる。

 

これらはそのとおりなのだが、問題の扱われ方としてやや表面的だと僕は感じる。

本質的な問題である、なぜ保育士の給料は安いのか、なぜ認可保育所の要件は厳しいのか、といった点に触れないからだ。

以下ではそれらの本質的な部分に触れたい。

 

 

2. 待機児童問題をうみだす、保育産業の構造的な問題

 

まず基本的なおさらい。

保育所には、「認可保育所」と「認可外保育施設」と2種類ある。

認可保育所のほうには、こどもたち何人につき何人の保育士が必要である、とか、園のひろさがこのくらい必要である、といった規制が存在する。

経営主体は自治体や社会福祉法人であり、国や自治体からの補助金で運営されている。

入所児童数で数えると、認可保育所は9割をこえるらしい。

 

それに対して、認可外保育施設は個人や企業で経営されており、一部補助金がでるタイプもあるものの、メインとしては保護者が支払う保育料で運営されている。

 

実際にはほとんどの保育園が「認可保育園」であり、破格に安い保育料でこどもを預けることができる。その運営費は補助金をメインとしているため、保育士の給料も補助金に依存する構図となっている。

この構造を端的にいえば、日本の保育事業は、保育をサービスではなく福祉ととらえ、政府主導で運営することを基本的な構造としている。

日本の保育事業は、「営利目的でやるものではございません」、というのが日本の基本的な立場なわけだ。

 

そして待機児童問題は、保育をサービスととらえないことに本質的な問題があるとぼくはおもっている。

 

3. 保育が福祉であることの問題

 

まず認可保育所はその保育料の安さから、超過需要におちいりやすい。

本来保育とは重労働であり、相当のコストがかかるサービスなのだが、その利用料は市場で決定されているものではないために、自分でこどもを育てる時間的・精神的・体力的な余裕のあるひとにも保育所を利用するインセンティブが生じやすい。

 

また、超過需要が生じたとしても、補助金をメインに認可保育所が運営されている以上、需要に応じてわんさか保育所をつくるわけにはいかない。

保育所のための補助金にまわせる税金にも限りはあるので、保育士の数などに厳しい規制をもうけて、新規参入を阻害するかたちで保育所の数をしぼる必要がある。

 

国からの補助金で全国各地に保育所をつくらなければならないので、その費用は薄く広く、まんべんなく使う必要がある。

能力ある素晴らしい保育士さんがいても、その人の給料を増やすくらいならもう一人雇わなければならない。

保育が福祉である以上需要に応じて保育料をあげられないことと、その低保育料がもたらした超過需要のために、万年人手不足だからだ。

 

4. 保育事業のあるべき姿

 

本来サービスというものは、需要と供給によって価格が決定され、それによって従業員の給料も決定される。

女性の社会進出によって保育所の利用ニーズが増えれば、当然保育料も上昇されるべきである。

保育料が上昇すれば、素晴らしいスキルをもつ保育士さんの給料も増えるし、価格は高くなるために自分で育児をする余裕のある人は自分で育てるようになり、本当に必要としている人に保育サービスがいきわたるようになる。

 

なにより、それだけ需要があるのならそれはビジネスチャンスであり、企業も参入して新しい保育所を経営するインセンティブが存在する。

保育所福祉施設にすぎないから保育所の運営はただのコストになっていて、新しい保育所が全然できない。

企業が運営するならばそれはビジネスになる。

そこに規制をもうける余地はあってもいいだろうが、今の認可保育所の規制のように、「これ以上保育所を増やさないための規制」は必要なくなる。

 

 

5. さいごに

 

保育所がサービスになり、営利目的で運営されるようになると、質が高く高価格な保育所もできれば、質が低く低価格な保育所もでき、バリエーションに富むようになるだろう。

いずれにせよ補助金で運営している今より保育料の価格が上昇することにはなるだろうが、そもそも保育とは重労働であり、莫大なお金がかかるサービスなのだ。

異常な低価格におさえていることによって保育士は低賃金になり、人も減るのでさらに重労働になっている。

また、認可保育所が異常な低価格であるがゆえに本来あるべき価格で運営している認可外保育所を経営難に陥れ、純粋に民営の保育所を誕生させにくい構造を作り出している。

 

政府が保育所を運営してきたために市場の構造が歪んでしまい、未来の人材を育てる保育士という貴重な職業のひとびとを冷遇することにつながり、結果として今の待機児童問題、ひいては女性の社会進出を阻むような大きな社会問題が生まれている。

ここで詳しくは書かないが、完全民営化によって保育料が上昇する問題は、バウチャーなど、市場構造を歪ませない解決策によって対応することが可能だ。

 

ぼくの言いたい結論としては、待機児童問題は政府が人工的に作り出した問題だということ。

こういう社会主義的な政策から手をひいて、市場にまかせていれば、存在しなかった問題である、ということである。