No.3 今の若者が老後にそなえるべきこと
いまの若い日本人にとって、20代で正社員として就職し、30歳ごろには結婚、40歳ごろには家を買う、というかつての日本人の生き方は現実問題としてできなくなりつつある。
それは生活スタイルの変化もあろうし、結婚できなくても家を買えなくても幸せに生きていくことはじゅうぶんに可能だと思う。
しかし、考えなければならないのは老後だ。
今の65歳以上の高齢者の生活は、日本が国として構築・運用してきた年金制度の上に成立しているので、これが崩壊すると高齢者の生活の崩壊にダイレクトにつながる。
「年金制度はあぶない」という話は以前から言われていることではあるものの、この「深刻さ」が、あまり日本人の中に共有されていない、というのはよく感じる。
現状、年金を含めた社会保障給付費は年間120兆円ほど。
これが、団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、年間150兆円ほどになる。
あと7年後には年間30兆円ふえるのだ。
7年後ですよ、7年後。
何十年後の大地震の予想と違って、人口構造はいきなり人がたくさん死んだりしない限り変わらない。この推定はほぼほぼあたってしまうことが予想される。
日本の財政を楽観視するひとびとは「そんなのぜんぶ国債ではらえばいいじゃん」という。たしかにそれで済むならそれにこしたことはない。
ただ、それで済まなかった場合には、この費用はサラリーマンと企業が半分ずつ負担する社会保険料として、もしくは消費税などの税のかたちで国民のおサイフを直撃する。
しかも2025年で少子高齢化がとまるわけではない。日本の財政状況は、これから悪くなることしかありえない。
今の50歳以下の現役世代は、自分が描いている老後の人生プランをかなり厳しめに設定しておくことが求められる。
日本という国・政府が、「ごはんがたべられない人をつくらない」という基本的な責務すら果たせなくなる将来を、現実の危機として認識する必要がある。
問題は「年金をもらえるかもらえないか」だけにとどまらない。
はたからみれば崩壊していると呼んでよい年金制度を、うまくいっているかのようにみせかけるには、現役世代の税・保険料負担の引き上げは欠かせない。
年金をもらえる年齢になる前に、若者が持っている富をすべて年金制度にもっていかれる将来は十分にありえる。
もし将来年金制度が本当に崩壊するとしたら、それを政府が認めるのは一番最後だ。焼野原になったあとになってしか政府は過ちを認められない。
制度の延命のために政府がとりうる策はそれしかないからだ。
いまの現役世代は、日本が衰退の一途をたどっていること、財政におおきな問題を抱えていることを認識して、自分の力で生きていく術を模索することがだいじではないだろうか、とおもう。
暗い話になってしまったが、ではわれわれはなにをすべきか、という未来の話もこれからのブログでしていきたい。