engawa50’s diary

つれづれ日記。Twitter : engawa50

No.10 いまの若い人の労働観

「いまの若い人は会社に依存しない」とか、「若い人が飲み会にこない」などの話をよく聞くようになった。

自分がいま一緒に働くおじさまの中にも、「最近の若い人はちょっときついプロジェクトにいれるとすぐやめるからねぇ」という人がいる。

 

こういう話は50代以上くらいの、バブルの時代に若かりし時を過ごしたであろう世代の人から聞く。

なぜおじさん世代と若者の「労働観」が異なるのかといえば、いまの若者は「上の世代の背中を追いかけても豊かにはなれない」となんとなくわかっているからじゃないだろうか、と思う。

 

1980年代くらいの空気を知っている世代の人は、日本企業が世界の企業の時価総額ランキングを席巻していた時代のことを肌で覚えているとおもう。

1985年のプラザ合意は、当時の日本やドイツの経済が強すぎたために、アメリカが為替操作をして輸出を増やそうと実施された。

そのころの日本人には年をとるごとに豊かになる実感があっただろうし、「上司の背中をおいかけよう」という気持ちもあったことだろう。

 

ところが、1996年ごろに日本の賃金が頭打ちし、97年の金融不況以後日本経済は20年間停滞を続けている。

今の若者はそんな時代に青春時代をすごしてきた。

自分は父親の会社が潰れそうになったことがあり、中学生くらいのころにお小遣いがなくなった経験があるが、似たような経験のある若者はけっこういるんじゃないだろうか。

 

俺の労働観にもそういう子供時代の経験は反映されているせいか、会社へ依存する度合いは小さいとおもう。

むしろ「会社なんてそのうち潰れるんだから、自分で食っていくスキルを身につけなければいけない」とおもう。

そしてそれはいいことだとも思う。

 

 

ユダヤ人のひとたちは、幾たびも住処を追われたり、迫害されたりといった悲しい歴史を背負っているので、危機に備えようとする気持ちが強いという。

特に教育の意識が強く、たとえ家を奪われても身に着けた知識まで奪われることはないので、こどもたちを熱心に教育するのだそう。

ユダヤ人の中にはすぐれた学者がたくさんいるが、かれらの強さは、必死にもがき生きてきた歴史のなかで醸成されてきた。

 

 

現代の若者がおじさんたちに理解不能なのは、それは若者が寄り添うものがなく、自分の頭でなにをすべきか考えているからだと感じる。